若い世代にも、「いまさら聖書について聞けない」という大人にも読んでほしい『17歳からたのしむ「聖書」』/石田平和さん(後編)

イスラエルの聖地旅行を専門とする(株)ホーリーランドツーリストセンターの副代表・石田平和(いしだ・へいわ)さんのインタビュー。後編では2025年3月に発売された初の著書『17歳からたのしむ「聖書」』(内外出版社)について伺います。

――『17歳からたのしむ「聖書」』は初の著書とのことですが、以前から本を出したいと思われていたのでしょうか?

いえいえ、全くそんなことはないんです。
2024年2月に、イスラエルツアーに参加してくださった編集者の方から声をかけていただいたのがきっかけでした。
その方はクリスチャンではないのですが、聖書が(仮に、すぐに書き始められたと考えるなら)約4000年前から書き継がれていること、2000年のときを経てバトンを渡すような形で一つの物語を作り上げていく、これは到底人間技とは考えられないとして、いつか聖書に関する本を手がけてみたいと思っていたそうです。
著名な牧師さんをはじめ、いろいろな方とお会いしたのですが、イメージとは違ったそうで……。偶然出会った僕に対して、ありがたいことに何か感じるものがあったそうです。
当時の僕は27歳で、「30歳から伝道を始めたイエス・キリストのように、僕の人生も30歳から始まるんです」と一度はお断りしました。それでも「30歳になる前に1冊出しましょう!」と熱いラブコール(笑)があり、お引受けすることにしました。

――そんな経緯があったんですね。タイトルの年齢はなぜ“17歳から”としたのでしょう?

まず、聖書において“7”がとても大切な数字であることから、7をタイトルに入れたいと思いました。
聖書には7という数字がたくさん登場するのですが、身近な例としては、月曜日から日曜日までの7日間を「1週間」とひのつの単位で数える背景には、神様が7日間かけてこの世界を創造されたことがあります。
でも、そのまま「7歳から」としたらちょっと幼すぎる。「27歳」という数字もなんとなくピンときません。
「17歳」といえば大人になる少し手前の大切な時期でもあります。なるべく若いうちに聖書に触れてほしいという願いもあって、“17歳から”としました。17歳以上の大人の方も、このタイトルなら気軽に手に取ることかできるんじゃないかという狙いもあります。

――どんなテーマで書かれたのでしょうか。

聖書は旧約聖書と新約聖書に分かれていますが、実際の物語はつながっています。
なかでも今回は、エデンの園にフォーカスを当て、“エデンの園からはじまり、エデンの園に帰る”をひとつのテーマに執筆しました。

イスラエルの首都「エルサレム」の風景(画像提供:石田平和)

――難しさを感じた点はなかったですか?

これまでにも大学院で論文を書いたり、noteで聖書について書いたりもしてきたので、書くこと自体は難しくはなかったです。

ただ、日本の多くの教会で教えられてきたことにずっと違和感を覚えていて――。
日本の教会ではよく「クリスチャンは死んだら天国へ行く」……つまり、肉体としての命が終わってから神様のもとに行くと教えられますが、中には「天国に行ってからが本当の人生であり、いまの人生には喜びがない。未来にある希望のために今を生きているのだ」と考える人がいます。実際に、そう教えられたことで、喜ぶことができないクリスチャンの方もたくさん見てきました。
でも、聖書が伝えようとしている天国は、時間や場所に縛られることなく、いまこの場所にいても体験できるはずです。また、エフェソの信徒の手紙にも書かれているように、僕たちが何かを頑張ったから天国に行けるわけではなく、ただただ神様の愛、恵みによるものです。

事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。
このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。
行いによるのではありません。それは、だれも誇ることがないためなのです。
「エフェソの信徒への手紙」2章8~10節(新共同訳)

でも、聖書が一貫して伝えようとしているメッセージを文章化することを、よく思わない教会もあるかもしれない。もしかしたら、自分が通う教会からも嫌がられてしまうかもしれない。
そうした葛藤やプレッシャーから、2か月以上執筆の手が止まってしまったこともありました。

――日本におけるキリスト教界隈はとても狭い社会ですから、想像できます。どうやって壁を乗り越えたのでしょう?

あるとき吹っ切れたんです。
それまでは、僕のエゴというか「イスラエルでこんな経験をしてきたから」、「イスラエルでの仕事が与えられているから」と、とにかく“自分が”伝えなくてはいけないという感覚があったんです。それ故に、必要のない恐れも生まれていました。
そのことに気づいた時に「クリスチャンに伝わらなくてもいい。これまで聖書を読んだことがない人に向けて伝えたいことを書こう」と吹っ切ることができました。聖書的な表現をすると神様に“委ねる“ことができたわけですね。僕にとって本を書く作業は、改めて自分自身と向き合うきっかけにもなりました。

――一つの転機になったんですね。編集者の方はクリスチャンではないとのことですが、どんな反応でしたか?

ありがたいことに、とても喜んでくれています。

クリスチャンが文章を書くと、無意識のうちにどうしても「いかにもクリスチャンが書きました!」という文体になりがちですよね。実は僕自身も、かつてそのことで悩んだことがありました。
その体験を経て、いまは少し離れた視点から聖書やキリスト教を見ることができるようになったので、初めて聖書に触れる方にとって「押しつけがましい」と感じることはないんじゃないかなと思っています。

――今後も執筆活動は続けられますか?

そうですね。今回書ききれなかったことがたくさんありますし、聖書の中にはさまざまなことが描かれていますから、これからまたさまざまな経験を重ねる中で、これだというテーマが見つかったら、書いてみたいと思っています。

――素敵なお話をありがとうございました。

ホーリーランドツーリストセンターのHP


KASAI MINORI

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主にカレーを食べています。

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