Tips東京都世田谷区下馬の泉バプテスト教会で牧会しつつ、付属幼稚園の園長・理事長、そして東京バプテスト神学校でヘブライ語・ギリシア語・アラム語を教える語学伝道者――それが城倉啓(じょうくら・けい)牧師である。近年、自ら編んだヘブライ語教科書三部作を世に送り出し、「原典を一語一語味わう歓び」を学生に伝えてきた彼が、いま最も情熱を注ぐのが『みんなの聖書プロジェクト』だ。
小牧:城倉先生、本日はお時間いただきありがとうございます。さっそくですが、まずは先生が牧会されている教会についてご紹介いただけますか?
城倉:はい、こちらこそありがとうございます。私は日本バプテスト連盟の泉バプテスト教会で牧師をしています。東京都世田谷区の下馬という住宅街の一角にある、こぢんまりとした教会です。付属のいづみ幼稚園では園長・理事長も兼任しています。
幼稚園は1949年に創設された歴史ある場所でして、戦後間もない頃にバプテスト連盟の結成に関わった方が立ち上げたものです。そんな由緒正しさと、日々のんびりした空気とが同居する不思議な場所で、私たちの教会は「日本一暇な教会を目指しています」と本気で言っています。それは礼拝のみ・聖書のみを大切にするということの裏返しです。
小牧:神学校でも語学の講師をされているんですよね?
城倉:そうなんです。東京バプテスト神学校で、ヘブル語とギリシャ語、そして今年からはアラム語の授業も担当しています。私自身も語学オタクでして(笑)、聖書の言語に触れるたびにワクワクします。しかも今年はアラム語の教科書も自作している最中で、原典の面白さをどう伝えるか、日々試行錯誤しています。
ヘブル語に関しては『ヘブル語のススメ(超入門文法書)』『ヘブル語語彙集』『ヘブル語文法の手ほどき』という三部作をいのちのことば社さんから出版しました。いずれも神学校で実際に使用している教科書です。「素人が原典を読むために」を合言葉に、できるだけわかりやすく、かつ読みやすく作ったつもりです。正直、自分が一番欲しかった教科書なんですよ(笑)。
小牧:翻訳プロジェクトのこともぜひ教えてください。
城倉:ええ。このプロジェクトは「素人の、素人による、素人のための翻訳」と名付けています。学者や専門家だけでなく、地方でコツコツと語学に励んでいる牧師たちや、神学校の学生たちが主役です。
もともと十年ほど前、バプテスト連盟の総会で「バプテスト訳の聖書をつくりませんか?」と提案したのが発端です。そのときはシーンと静まり返ったんですが(笑)、私の中ではすでに「これはやるしかない」と腹が決まっていました。帰りのバスで先輩牧師に「我々素人でやりましょう」と話し、それが火種になったわけです。
今はZoom、Google Driveを駆使して、全国の牧師・卒業生・神学生が翻訳作業を進めています。北海道から九州まで、本当に多様な顔ぶれです。誰もが本業の合間に取り組んでいて、だからこそ翻訳にはそれぞれの生活や信仰がにじんでいる。私はそこに、このプロジェクトの一番の美しさがあると思っています。
小牧:翻訳そのもののアプローチも独特ですよね。
城倉:はい、私たちは「極端な直訳」と「極端な意訳」という両極端の訳を並べて出す予定です。直訳は、文法構造や語順をそのまま残すことで原典の手触りを伝える。一方、意訳は、読んでわかりやすく、かつ大胆な解釈も含みます。しかも「複数の意訳」を併記するつもりです。
これは、いわば「聖書の食べくらべ」みたいなものです。原典は一つの言葉が複数の意味を持つこともあります。それを一つの訳にまとめてしまうと、どうしても失われてしまうニュアンスがある。だったら、いっそ全部出してしまえ!というのが、私たちのやり方なんです。
そのかわり間違っていたら素直に直す(笑)。翻訳チームも神様の前に誠実であろうとしている人たちばかりですから、プライドではなく、柔軟さと謙遜がある。誰かが「これ違うんじゃない?」と言ったら、「ほんとだ、ごめん!」とすぐ修正します。
小牧:神学校との関係性についても、少し触れていただけますか?
城倉:もちろんです。実はこの翻訳プロジェクトは、神学校の語学教育とも深く結びついています。新カリキュラムでは聖書学の比重が増し、原典講読の授業が大きな柱になっています。授業で学んだ学生たちが、そのまま翻訳チームにスカウトされていくという流れも生まれているんです。
つまり、学びと実践が循環している。しかも翻訳作業を通じて、神学生自身が自分の信仰や解釈を深めていく。その成長の姿を見られるのが、本当にうれしいんですよね。
小牧:この翻訳プロジェクトが完成したら、どんな影響を期待していますか?
城倉:一言でいえば、「聖書に親しむ人が増えること」。そして「聖書がもっと生活に根差すこと」です。
このプロジェクトが届けたいのは、「翻訳された聖書」そのものというより、「翻訳のプロセスを一緒に楽しむ仲間を増やすこと」です。だから読者というより“共訳者”を求めている気持ちがあります。
私たちは、読者に向かって「一緒に聖書を食べましょう」と声をかけています。読んでおしまいではなく、「この訳、どう思う?」「ここ、自分ならこう訳すな」と考えることで、読者も翻訳の営みに参加できるんです。
しかも、毎月の購読料300円が、神学校の運営と翻訳者への支援に充てられます。地方の牧師にとって、このプロジェクトが希望になると信じています。
小牧:では、最後に読者に向けてのメッセージをお願いします。
城倉:はい。「共に聖書を味わいましょう」。これに尽きます。
どんなに小さな一歩でも、一人の読者がこの翻訳を読んで「面白い」と感じてくれたら、それはもう神様の栄光だと思います。
そしてもしその人が「原典にも触れてみたい」と思ってくれたなら、私たちは手を取り合って、「さあ、次の章を一緒に訳してみませんか?」と声をかけるでしょう。
このプロジェクトは聖書以外やりません。何にも足さず、何にも引かず。ただ、聖書と向き合い、聖書を味わい、仲間と共に歩む。それだけです。
アフリカのことわざに「早く行きたければ一人で歩け、遠くまで行きたければみんなで歩け」という言葉があります。私たちははるか遠くまで行きたい。66巻すべてを訳し終えるその日まで、みなさんと一緒に歩んでいきたいと思います。
交流会ご案内 「みんなの聖書プロジェクト」のキックオフ交流会を2025年9月12日(金)19:30〜20:45で予定しています。どなたでもご参加いただけます。
参加ご希望の方は以下のフォームからエントリーしてください。ぜひお待ちしています。
https://forms.gle/FcijbzLgbE6gisPF9