「練習が嫌い」から生まれた新しい電子楽器「インスタコード」/楽器開発者・ゆーいちさん

「インスタコード」を手にするゆーいちさん

――早速ですが、ゆーいちさんが開発された「インスタコード」について教えてください。

「インスタコード」は楽譜やコードが読めない人、楽器が弾けない人や挫折した人、子どもからお年寄りまで、誰でも弾ける新しい電子楽器です。

操作方法はとてもシンプルで、通常、C、D、Eなどアルファベットで表すコードを1~6までの数字に置き換え、ネック部分に配置された同じ数字のテンキーを押しながらパッド部分を弾くことで、和音が演奏できるというものです。

現在、インターネット上には10万曲以上のコード譜が公開されているのですが、無料アプリ「KANTAN Chord(カンタンコード)」を使うことで、即座にコード譜を数字に置き換えることができます。

――通常、弦楽器やピアノを演奏する場合、複数の指で弦や鍵盤を押さえないと和音を奏でることはできませんが、インスタコードの場合は指1本で演奏ができるんですね。
ちなみに、バッテリーはどうなっているんでしょう?

スマホのようにUSB-Cケーブルで充電でき、約8~10時間演奏可能です。
日本のメーカーで、USB充電できる電子楽器を販売したのは、おそらく当社が初めてだと思います。
また、GM規格に準拠した128種類の音色を内蔵しているので、ギターやピアノ以外にも、シンセサイザーやドラムなどさまざまな楽器の音色が奏でられます。

ゆーいちさんが開発した「インスタコード」

――一見すると軽くてコンパクトですが、ものすごい技術が詰まっているんですね。
ずっと音楽をやってこられたんですか?

子どもの頃から音楽が好きで、いろいろな楽器にも挑戦してみたのですが、全然ダメで。
練習が嫌い、努力するのが嫌いなんですね(苦笑)。

大学で合唱を始めたのをきっかけに、社会人になってからは趣味でアカペラグループに入って活動していたのですが、ありがたいことにだんだんイベントに呼んでいただいたり、作曲のお仕事をいただくようになって…。会社員として働きながら、副業として音楽活動をしていました。
アカペラグループは約10年間で解散したのですが、よくイベントに呼んでいただいていたスーパー銭湯の店長から「入浴中のお客さんに楽しんでもらえるものはないか」と声をかけられたのをきっかけに、知人のアコーディオン奏者と組んで“浴室ミュージシャン”として活動を始めました。

――お風呂場で歌うなんて、斬新ですね。

お風呂場自体は歌うには最悪の環境ですが(笑)、お客さまには喜んでいただいて。東京を拠点に、多いときは大阪、広島など、全国各地で年間100本の浴室ライブを行っていました。

僕は楽器が弾けないので、ボーカルと、音楽に合わせて首から提げた“洗濯板”をジャカジャカ音を鳴らすのが担当だったんですが、相方に「ギターくらい弾けるようになってくださいよ」と言われて、練習しなくても弾ける楽器を探そうと考えました。
でも、世界中のいろんな楽器を調べてみても、これというものがない。だったら自分で作ってみようと思ったんです。

――その発想がすごいですね。

子どもの頃からプログラミングに熱中して、ゲームを作ったりしていたことも大きいと思います。
初めはアプリを作ろうと考えていたのですが、アプリは売上にはならないし、演奏してる感覚に乏しい。そこで市場調査をしたところ、簡単に弾ける楽器のニーズがとても高いことがわかり、 物理的な「楽器」を作ろうという結論に辿り着きました。とはいえ、僕自身はハードウェアに関する知識がまったくありません。
そもそも、ゼロから電子機器を作るというのは、簡単なことではないんですね。
デザイン、基板、設計、プログラミング…と様々なプロフェッショナルがそれぞれの役割を担っている。どこの企業に相談しても「うちは基板だけだから」と断られてしまったり、1000万円あっても足りないと言われて引き下がるしかなかったり…。

プロダクトデザイナーの武者康平さん、エンジニアの宇田道信さんのお力を借りることができたことで、構想から約1年で、一つの形を完成することができました。普通ではありえないスピードで、本当に恵まれているなと思います。

画面左側のテンキーを押しながら、右側のパッド部分を弦のように弾くことで、コードを奏でることができる

――コストや資金繰りはどうされたんですか?

開発コストは、初めの1年間で1000万円かかっています。
目黒区にあったマンションを売却したり、車を軽自動車に乗り換えたりしても足りなくて、ある方に500万円ほど援助していただきました。

アメリカで行われる世界最大規模の楽器ショー「NAMM Show」に2020年に出展し、これは売れると確信したのですが、このときにはお金はほぼすっからかん。さらにコロナ禍が重なり、音楽活動もできなくなってしまいました。

そこで、予約購入制のクラウドファンディングで資金を集めることにしました。目標金額5000万円に設定したところ、多くの方のご支援で7900万円、2400台分の予約をいただくことができたのですが、今度は半導体不足でなかなか進まない。
同時に進めていた、コード譜を変換する「KANTAN Chord」のプログラム開発も頓挫してしまって…。
そんなときに、支援者の方がボランティアでプログラミングをやってくださったり、本当に応援していただきました。

――たくさんの方に支援されているんですね。ちなみに、これまでどれくらいの数が売れているのでしょう?

累計で2億4千万円、6000台以上です。

ただ、これでも初期投資は回収できていません。
借金ゼロからのスタートしたのですが、今は銀行への借り入れで5000万円以上の借金がある状態です。

――コロナ禍など色んな事が重なっていますが、心が折れそうになることはありませんか…?

それが…ギリギリの状態でも夜はぐっすり眠れるんです。(笑)

どんなに頑張ってもうまくいかないことはあるし、もう神様に委ねるしかない。毎週のように教会で聴いているメッセージが、自分の中に入っているんですね。
自分は1人で立っているわけじゃない。やるべきことはやったし、あとはどんな波が来るかわからないけれど、神様に身を任せよう――そんな感覚ですね。

――いまの課題はなんでしょう?

認知度を上げることです。
開発者がいくら良いものだと言っても、2割程度しか伝わらないのが現状です。
テレビ出演だったり、プロのミュージシャンに使っていただいたり、第三者に伝えてもらう機会を増やす必要があるなと思っています。

――今後の目標というか、最終的に目指しているところは?

将来的には、おもちゃメーカーや楽器メーカーなどが、インスタコードのインターフェースで、色んな楽器を作ってもらえたらという思いがあります。

また、現在ソニーミュージックが展開する、すべての人に楽器を演奏する喜びを提供することを目的とする「ゆるミュージック」でインスタコードを“ゆる楽器”としても使っていただいているのですが、そのご縁で、ソニーグループが取り組む「新しい楽器」の開発プロジェクトに加わって開発のお手伝いをしています。
具体的には、視覚に障害がある人でも楽しめるもの、聴覚に障害がある人でも一緒に演奏を楽しめるもの、2つのプログラムが進んでいます。

「だれでも使える」「だれでも楽しめる」という視点は「インクルーシブデザイン」と呼ばれて注目されていますが、
楽器にとどまらず様々な製品やサービスに必要なことなので、そんな製品開発にこれからも携わっていければな、と思っています。

――実際にインスタコードに触れてみてとても楽しかったです。
楽器が苦手な保育士さんだったり、音楽療法だったり、色々な場所にニーズがあるのではとも感じました。

実際に弾いてみてもらうまで、魅力が伝わりにくいのが難点です(笑)。
僕が通っている教会でも、高齢の方たちが並んで賛美歌を歌いながら弾いていますよ。

インスタコード/InstaChord :https://instachord.com/
ゆーいち(X): https://twitter.com/u1_nagata

さらに詳しいお話は、「いのフェスチャンネル」にて公開中!

KASAI MINORI

KASAI MINORI

主にカレーを食べています。

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