ターゲットは、すべての人のなかにある“子どもの心”。絵本作家・加藤潤子さん

絵本作家の加藤潤子さん

――どんな活動をされていますか?

聖書を題材にした絵本を描いたり、幼稚園・保育園で子どもたちが毎日使う「しゅっせきカード」などイラストのお仕事をしています。

――加藤さんの描かれる絵はやさしくて、見る人に安心感を与える印象があります。もともと絵本作家を目指していたのですか?

子どもの頃から絵を描くことが好きでした。美大卒業後はあるストッキングのメーカーで、グラフィックデザイナーとしてパッケージデザインの仕事をしていました。この仕事が思った以上に大変で…。パッケージは商品の「顔」になるわけですが、ストッキングはだいたい見た目が同じですよね。機能は色々と開発されていますが、見た目だけではその特徴がわからないため、“顔”をいかに変えるかで、パッケージデザイナーの腕が問われます。
あるとき、柄もののストッキングが流行したのをきっかけに、ストッキングやソックスの柄のリピートやワンポイントなどのデザイン画を頼まれるようになったのですが、これがとても楽しくて。頭で考えなくてもどんどん描けるんです。
入社7年目になり、仕事の内容、やり方に対して、矛盾を感じる思いが強くなっていました。それで、漠然と“イラストレーターになりたい”という想いだけで、次の仕事も決めずに会社を辞めてしまったんです。

――それはなかなか、思い切られましたね(笑)。

そうですね。一度何かを決めたら、後先考えずに動いてしまうところがあるかもしれません(笑)。
体力的にも精神的にも疲れていたし、休みたい一心でした。会社勤めをしていると、まとまった休日がほんのわずかしかありませんよね。長期で旅行へ行ったり、自由な時間をもちたかったんです。そうこうしている内に、貯金がどんどん減ってしまいました。

イラストレーターへの第一歩として挑戦したのがイラストのコンペです。そう簡単にはいきませんできたが、「残念でした」のお知らせと一緒に、板橋区立美術館で行われるイタリア・ボローニャ絵本原画展のイベント「夏のアトリエ」という絵本のワークショップの案内が入っていました。講師として紹介されていたイタリアの絵本作家、キアーラ・ラパッチーニさんの絵がとても素敵で、この方に習いたいなぁという思いで参加したワークショップで、はじめて絵本を作りました。

5日間に渡るワークショップでしたが、自分でも驚くほど没頭して、すごく楽しかったんです。仲間ができたこともうれしくて。
そこから自分で絵本を描いては出版社に持ち込むようになりました。

――活動を始めてからは順調でしたか?

それが、絵は描けるけれど、ストーリーが思うように書けなくて…。悶々としていました。
そんなときに手作りのカードを置いていただいていた美術館併設のショップの方に、「加藤さんはクリスチャンだから、(キリスト教に関連した幼児書を多く出版している)至光社に持ち込んだら?」と言っていただいたんですね。

このとき、私が持ち込もうとしていたのは、旧約聖書の「雅歌」を絵本にしたものでした。
雅歌のテーマは恋愛です。それまでは神様と恋愛って似合わないなぁと思っていたんですが、雅歌の中には恋愛の真っただ中で感じる言いようもない小さな痛みや悲しみ、苦しみがすべて含まれていて。神様の愛はそんな醜い感情も突き抜けてしまうくらい、激しくて、切実で美しい。これが神様が言う「愛」なんだと思いました。
そのときの絵本には、雅歌の文章をそのまま引用し、下描きもせずに次から次へと描いて仕上げました。

ちょっと変わった描写方法だったので、1冊だけだと難しいかな?と思い、同じタッチでもう1冊、絵本を描くことにしました。私が小さい頃からよく親しんでいた「見失った羊のたとえ」を題材に、文のない絵本にして、数日で描き上げました。それで至光社さんへ2冊を送ってみたところ、おまけのつもりで描いた迷子の羊の絵に目を止めていただいて、「ぜひ、原画を見せてほしい」と連絡をくださったんです。
この迷子の羊の絵に物語をつけて、2007年に発表した「まいごのミーミ」が初めて出版された絵本です。

2022年9月に「伊豆高原ローズテラス」で開催された個展より

――デビュー作が聖書を題材にしたお話だったんですね。物語をつけるのは大変でしたか?

そうですね。「見失った羊のたとえ」は有名なお話だから、文章は必要ないんじゃないかと思っていたんです。
でも、至光社さんが出している「こどものせかい」は、子どもたちにとって聖書にはじめて触れる機会になるから文章が必要だと言われ、編集の方と相談しながら物語をつけていきました。

――ほかにも、落ちた種が実を結ぶまでを描いた「たねまき だいすき ランラン」、「しあわせなゆだねるちゃん」など、聖書を題材にいろいろなテーマで絵本を制作されていますが、テーマはどのように決めているのでしょう?

出版社から与えられることもありますが、初めから自分で作るときは、わたし自身が気になっていること、わからないことをテーマにして、「神様、教えてください」という思いを込めて絵を描いていきます。

私はクリスチャンホームで生まれ育ったので、教会や神様の存在はいつも身近だったのですが、本当に辛いとき、家族や教会の人に何を言われても助けにならなかったことがありました。
どうしようもない不安や恐れを、私はうまく言葉にすることができなかったので、それに対して周りの人が言ってくれることも、やっぱり「なんか違う」と思ってしまうんです。
幼い頃から聞き慣れた決まり文句のように受け取ってしまったり、頭でわかっていても、心はどうしようもないんだ…という事実にもっと苦しくなるというか…。

でも、こうなって初めて自分から聖書を読むようになりました。
そして、人から聞くイエス様ではなくて、私自身がイエス様に出会ってなかったことに気づきました。やっぱり、自分で聖書を読まないとダメなんですよね。

絵本はひとつの「きっかけ」になればいいんです。福音を「感じて」もらえる絵本でありたいんです。だからできるだけ装飾はせず、聖書の物語をそのまま表現することで、読んでくださった方の心にふっと落ちる瞬間があればいいなと思っています。

――読者の多くは子どもたちだと思うのですが、どんなことを大切にされていますか?

私自身に子どもがいないこともあって、子ども向けにしようと意識したことはありませんでした。
子どもたちっておもしろいんです。私としては一生懸命、起承転結を考えながら物語を作っているのですが、子どもたちは真ん中から読んだり、同じところを繰り返し読んだり。
それがわかった瞬間、肩の力が抜けて「もっと楽しもう」という気持ちになりました。

至光社では「0歳から100歳までのすべての子どもたちへおくる」と掲げているのですが、子どもたちはもちろん、大人の中にもきっとある“子どもの心”にも届くような絵本を作りたいですね。

2022年9月に「伊豆高原ローズテラス」で開催された個展より

――とても素敵ですね。最後に、これからやってみたいことはありますか?

コロナ禍をきっかけに、この春から父と叔母が暮らす伊豆高原に住まいを移しました。
それまで東京でひとり暮らしをしていましたが、収入面が厳しくなり、ひとりで過ごす時間も堪らなく辛くなってきました。
「もうダメかも…」と真っ暗い気持ちに沈みかけていたのですが、「実家に帰ろうかな」とよぎった瞬間、キリが晴れるように明るい気持ちになったんです。
父も高齢なので、いつかは実家へ帰らなければならない、とずっと義務のように考えていたんですが、このとき、義務感ではなく心から「帰りたい!」と思ったんです。

後先考えず、逃げてきたようなものですが、ローカルなつながりがあるっていいな、ほっとするなぁと感じています。
伊豆高原は移住されてきた方も多く、作家さんもたくさん住んでいらっしゃるので、こちらで知り合った人たちと一緒にものづくりができたらいいなと思っています。

2023年2月号からは『BIBLE&LIFE(百万人の福音)』(いのちのことば社)で連載を持たせていただくことになりました。伊豆から読者の皆さんに、絵とともにお手紙を届けていく予定です。

――楽しみですね!今日は素敵なお話をありがとうございました。

加藤潤子(公式HP)
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Instagram:@katojunko|




KASAI MINORI

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主にカレーを食べています。

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