「すべてのビジネスと職場をキリストにつなぐ」ことを目的に活動する日本CBMC。現在、理事長を務める山下純一さんは、28歳で洗礼を受け、国内外のさまざまな場所で働いてきました。困難に直面するたびに祈り、聖書の言葉から道を見いだしてきたといいます。
今回は山下さんに、信仰はビジネスや人生にどのような影響を与えるのか、その実感を交えて語っていただきました。
母は創価学会信者。宣教師との出会いが転機に
――さっそくですが、ご経歴から教えていただけますか。
出身は神戸です。大学卒業後はメーカーに就職し、輸出業務に携わりました。
その後、英語を生かした仕事がしたいと思い、英会話学校の職員として約4年半働きました。ただ、生活リズムがなかなか合わず、1988年にファミリーマートへ転職します。
入社後は台湾、韓国、タイ、ベトナムなどでの海外事業の展開や現地法人の設立、店舗拡大などに携わりました。
2023年に退職する少し前からCBMCの活動にボランティアとして参加していました。その後、理事長にと推薦いただき、2023年に就任しました。
これからは人ではなく、主に仕えていきたい。そんな思いで、いまの働きを続けています。
――もともとはボランティアとして関わっていたんですね。
40年来の友人がCBMCで活動していたのをきっかけに私も関わるようになりました。
タイ駐在から帰国した頃、その友人は末期がんと診断されていました。CBMCの今後を気にかけていて、「後を頼む」と何度も言われていました。
さらに前任者からの推薦もあり、理事長に就任することになりました。
当時は何もわからない状態で不安もありましたが、これまでの経緯を知らないからこそ、新しいことに挑戦できるのではないかと思ったことも、引き受けた理由の一つです。
――山下さんはクリスチャンホームのご出身ですか?
いいえ、違います。父は仏教でしたが、さほど熱心ではありませんでした。
また、母が熱心な創価学会の信者で、私も小中高と母に連れられて集会に通っていました。周りにも同じような環境の友人が多かったのですが、私自身には信仰心がなくて、正直なところ、行きたいとは思っていませんでした。集会に参加したことで何か自分にとって良いと実感できるものがあったかというと、そういう記憶もなくて。
キリスト教と出会ったのは結婚してからです。
大学生の頃、のちに妻となる女性と付き合い始めました。彼女は社会人になってから短期留学を経験し、その間にクリスチャンの友人が多くできたそうです。その影響を受け、帰国後に洗礼を受けました。
その後、私たちは結婚して東京で暮らすようになり、友人の紹介で日本CCC(※)の宣教師だったクレッグさんと出会いました。
※日本CCC……日本キャンパス・クルセード・フォー・クライスト。主に大学生を対象に活動する宣教団体
クレッグさんはとても素敵な方で、その人柄に惹かれて、家族ぐるみでお付き合いするようになりました。私自身、彼をとても尊敬していたこともあって、彼が信じている神の存在に少しずつ興味を持ち、教会にも通うようになりました。
あるとき、クレッグさんが一冊の冊子を手に、その内容を話してくれました。神が人を愛し、目的をもって創造されたこと、しかし人は罪によってその愛を受け取ることができなくなっていること、そしてイエス・キリストがその隔たりを埋めるために来られたこと――。
ただ、私にとっては「自分が罪人であること」と「イエス・キリストが自分のために死んだ」という、この二つがどうしても理解できず、洗礼を受けるまでには至りませんでした。
――確かに、初めて聞くと、そこまで自分がひどいことをしたのかと驚きますよね。
そうなんです。自分が善人だとは思っていませんでしたが、かといって逮捕されるようなことをしたわけでもない。なかなか実感が持てませんでした。
それでも1、2週間ほど考え続けていたある夜、夢を見たんです。自分がイエス・キリストを十字架につけている、そんな夢でした。
あまりにも衝撃的で、すぐにクレッグさんに話しました。すると、当時住んでいた家の近くの教会を紹介してくれて、礼拝に足を足を運ぶようになりました。
ちょうど洗礼に向けた準備の集まりが始まる時期だったこともあり、「参加してみませんか」とすすめられました。
正直、迷いもありましたが、思い切って参加することにしました。
その中で少しずつ理解が深まり、1986年11月、洗礼を受けました。
――洗礼を受ける前と後で、変化はありましたか。
劇的に何かが変わったというわけではありませんが、心が軽くなりましたね。
以前から聖歌が好きで、今でもよく口ずさんでいます。
仕事の面では、ちょうど英会話学校を辞めて転職を考えていた時期でした。外資系企業などいくつか選択肢もありましたが、最終的にファミリーマートへの就職を選びました。
自分の力を超えたところに委ねるという働き方
――初めから海外勤務を希望されていたのですか。
JICA(国際協力機構)の仕事で、海外から来た研修生の受け入れやコーディネートを手伝う機会があり、そのときに海外で働くことに興味を持ちました。
英語ができたこともあり、ちょうど台湾での事業展開が始まるタイミングで現地に入り、市場調査や会社の立ち上げに関わりました。同時期にタイでのプロジェクトも動き出し、こちらでもマーケット調査や合弁会社のパートナー探しなどを担当しました。
最初の2年間はビザの関係もあって日本と現地を行き来していましたが、1995年からはタイに駐在することになりました。
――駐在中で、印象に残っているエピソードはありますか?
若い頃にさまざまな仕事を任せていただき、大変ではありましたが、とても勉強になりました。
当時のタイは、まだ近代的な商業インフラが十分に整っているとは言えない状況で、「日本でやっていることをそのまま持ち込めば通用するのではないか」と考えました。
そこで、日本のメーカーや物流会社の方々にも協力いただきながら、現地で新しい仕組みづくりを進めていきました。たとえば、それまで電話で発注したり、自分で商品を仕入れて運んだりしていたのを、コンピューターでの受発注に切り替えたり、物流センターを設けて一括で商品を管理・配送する仕組みを導入したりしました。
ただ、当時はメーカーがそれぞれのタイミングで店舗に来るのが当たり前で、取引先が100社あれば100通りのやり方がある。こちらの仕組みを理解してもらうのは簡単ではなく、何度説明してもなかなか受け入れてもらえませんでした。
どう説明すれば伝わるのか。どうすれば受け入れてもらえるのか。心を落ち着け、何度も祈りながら、プロジェクトを進めていきました。
――仕事に限らず、人生は思うようにいかないことの連続です。「祈り」にはどのような意味や効果があると感じていますか。
そうですね。仕事は日本でも海外でも、判断と決断の連続だと思います。思いどおりにいかない場面も多いですよね。
そんなときに祈ることで、頭の中が整理されて、気持ちがすっと落ち着いてくるんです。冷静になって、もう一度、優先順位を考え直すことができる。
そうすると、そのとき自分に与えられている状況の中で、最適だと思える判断がしやすくなると感じています。
焦って一歩踏み出してしまうと、あとで取り返しがつかなくなることもあります。祈ることで、少し立ち止まって考えることができるんですね。
神様の声が直接聞こえるわけではありませんが、ふとした気づきやヒントが与えられる。そんな感覚があります。
――これまでのご経験を振り返って、信仰が人生に与えた影響について教えてください。
印象に残っているのは、1997年のアジア通貨危機のときです。ちょうどタイに駐在していて、バーツが暴落し、経済が大きく混乱しました。
その頃、事業の転換に向けて親会社から十数億円の資金を預かっていました。ところが通貨危機の影響で預金が凍結され、5年間使えなくなってしまったんです。
従業員の給与や取引先への支払い、店舗の家賃など、支出は待ってくれません。「どうしたらいいのか」と、本当に追い詰められました。
そうした中で、日々祈りながら奔走していました。やがて日本の銀行が融資に応じてくださり、何とか資金をつなぐことができたんです。
そのおかげで会社を立て直し、取引先への支払いも続けることができましたし、従業員を解雇せずに守ることもできました。
振り返ると、自分の力だけではどうにもならない状況でした。そういうときに祈ることで道が開かれていく、支えられていると感じられたことは、大きな経験でしたね。
