サバちゃん

夢がありました。
いつか犬を飼いたい。
そして、立派に育てる。
リードを付けなくても、どこへでも一緒にいけるようにする。
いつも私の横を歩き、買い物をしている時は外でおとなしくまてるようにする・・・等々。
絵描きを目指し 極貧状態の私には大きすぎる夢。
でも、ちょうどいい時に神様が願いをかなえてくれるはずの遠い日を楽しみにまっていました。

そして・・・その時は、思いがけず早くやってきました。
16年前の2月。
生後2か月位の真っ白な女の子。透き通るような淡いピンクの耳。
天使のような可愛らしさに、相変わらず極貧だったにも関わらず、私は神様がくれた犬だと思い込んでしまったのです!

名前は サバちゃん。 フルネームは サバンナ。果てしなく広がる草原という意味。
私以外の人は、鯖ちゃんだと思っていたようですが・・・。

サバは いわゆる普通の子犬とは違っていました。
両親が野犬だということ。山奥で生まれ育ったということ。
たまたま、子犬だけで 山の斜面にある畑にいた所を 私というに人間に捕まえられてしまったということ。
サバは、野生の犬でした。
突然、人間の家に連れてこられ 絶体絶命のサバは、テーブルの下に逃げ込み固まってしまいました。
その日から、1日に数えきれないほど 語りかけ、笑いかけ、そっと撫でる日々がはじまりました。
「サーバ、いい子だね~。大丈夫だよ。怖くないよ。大好きだよ。」
夜は、布団にもぐらせ一緒に眠りました。
夜中にトイレに行きたくなると、コソコソと隣の部屋に行き、寝ている兄の布団の上できちんと済ませてくれました。(笑)
山育ちのサバが感染していた疥癬という皮膚病を私ももらい、モーレツな痒みに一緒に身体を掻きまくるという日々もありました。
そうして、サバは少しづつ テーブルの下からでてくるようになり、私の事を怖がらなくなってくれました。
けれども、自分に名前があるという事が なかなか理解できないようでした。
どんなに呼びかかても、振り向いてくれません。
しっぽを振ることもありません。サバは笑ってくれませんでした。

山に返した方がいいのかなあ・・。私といて、幸せになれるのかなあ・・。
何度も行き詰まりました。

そんな中、忘れられない日がやってきました。
外出から帰宅した私を見たサバのしっぽが、くねりと不器用に動いたのです。
“えっ!もしかして!! でも、たまたまかも・・。”
飛び上がって天井を突き抜けてしましそうになる気持ちをなんとかこらえましたが、
くねりは、くねくねになり、数日をかけて とうとうフリフリになりました。
サバが、私と一緒に笑えるようになりました。
出会いから、1か月半のことです。

山育ちで臆病だったサバも、家の中では 子犬らしく無邪気にあそべるようになり、
齧られたスリッパの山ができました。

ところが、家から外に出ると 殆ど歩くことができないのです。

ほんの小さな紙きれや物音に怯える。 私の足音にさえうずくまる。目を白黒させ
ぶるぶる震える小さな子犬の小さな心臓がドキドキする音がハッキリきこえてくるの
です。

平らなアスファルトの道は、あまりに無防備ならしく、人や車等 はるかかなたに見
えただけで、脱兎のごとく 叢や生垣に逃げ込もうとします。

さらには、山に帰ろうとする後ろ姿に やっぱり私が飼うのは無理かも・・・と切な
くなりました。

「サバ大丈夫だよ。怖くないよ。」

同じ道を1日に何度もサバを抱きかかえて歩く。 時々地面に降ろしては、また抱き
上げる。

1歩進んでは、3歩さがりつつ・・・家から50メートル程の公園になんとかたどり
つけるようになるのに約1か月。

桜が咲くころ、人がいない静かな夜は この道のりを ようやく普通に歩けるように
なりました。

前を歩くサバの身体は、随分大きくなっていました。
・・・と、急に私は思い出したのです。
そうだ。きちんと躾けないと! 私の前を歩かせるのは良くない、横を歩かせないと!

ところが、私の知っている躾の方法をいくつか試してみたものの、臆病すぎるサバに
はどれもあてはまらない。
そのうえ、やっと行けるようになった散歩も嫌がるようになってしまったのです。
これは大変、ドッグトレーナーの友達に良い方法がないか尋ねました。

「散歩に行けなかったサバちゃんが喜んでいけるようになったんでしょう。すごいじゃない。
喜んでいけるんだったら、それでいいんじゃない。」

さわやかな風のような彼女の言葉。
きちんと躾けるという大切だったはずの私の目標は、なんと あっさりどこかへ飛ん
で行ってしまいました。
おしりをぷりぷり振って私の前を歩くサバ。得意げに歩くサバ。
なんて愛おしいんだろう。どうして、見えなくなっていたんだろう・・・。

時間をかけて 少しづつ 少しづつ 散歩に行ける場所が増えていきました。
ただ、歩けば20分程の私の大好きな海だけは、どうしても近づくことができませんでした。
広くて明るくてキラキラ光る海はサバには恐ろしいらしく、パニックになってしまうのです。

しかし、4歳になったころ、不思議な事が起こりました。
人がいない海沿いの草原を リードをつけずに散歩させていました。
(そのころ、サバは放していても呼べば戻ってこれるようになっていたのです。)

・・・と、何としたことか。苦手なはずの海の方へ歩きだしたのです。
「あっ、サバ!危ないよ。そっちは、サバの嫌いな海よ!」
私の呼びかけを無視して、どんどん歩き とうとう砂浜に出て行ったサバ。
地面のにおいをクンクンと嗅ぎ 円い貝殻をくわえました。
それから、潤んだ目で振り返り、後ろにいる私に くわえた貝殻をポーンと放り投
げ、駆け出しました。

「ゥワォン!(こっちにおいでよ。一緒に遊ぼう。)」
私はヨロヨロとサバを追いかけました。
「サバ サーバ!」
夢の中のようで、うまく走れません。
海も砂も白く輝き、サバが光に包まれていました。

 

その後、サバが理想的な犬になったかというと、そういうわけではありません。
変わらずに臆病で、私も変わらずに貧乏で 困ったことが山盛りありました。
それでも、なぜか サバは私の自慢の愛犬。神様がくれた犬。そう思うのです。

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