小田急線「東海大学前駅」から徒歩で約6分、東海大学湘南キャンパスからも程近い場所にある「よい物語食堂」。メニューは日替わりの「一汁一菜定食」のみ。決して派手ではないけれど、手作りのご飯のおいしさと、店長の市川さんをはじめ、お店に立つ人々が作り出す温かな雰囲気が人気を集めています。
――さっそくですが、お店を始められた経緯について教えてください。
お店のすぐ近くに私が通っている教会があるのですが、いつも教会全体で、何か地域の方々が必要とされていることをやりたいね、と話し合っていたんです。
そんなときにこの物件が空いて貸し出されていることがわかり、食堂を始めたらどうかという話が持ち上がりました。
当初シェフの経験がある方を中心に始める予定だったんですが、事情があってできなくなってしまって。
たまたま、その頃アルバイトをしていた私に声がかかりました。
だから、昔から自分のお店を持ちたかったとか、たくさん修行をして独立したというわけではないんですよ。(笑)
――だからこそ、運命を感じます。(笑)オープンされたのはいつでしょう?
2020年1月です。
今年、4周年を迎えました。
――コロナ禍直前の開店だったんですね。
当時は大変だったのでは?
そうですね。学生さんが多い街なので、授業がなくなると街の人口も一気に減ってしまって…。
でも、右も左もわからないような状態でオープンしたので、むしろちょうど良かったのかもしれません。
――お店を始める前も、飲食関係のお仕事をされていたんですか?
いいえ、以前は介護の仕事をしていました。
料理もそれほど得意ではなくて、お話をいただいたときも「自分には絶対に無理だ」と思っていたんです。
――そうだったんですね。
ちょうどそんな時に、山形で自給自足に近い生活をしている友人の所に行きました。
そこで友人が振る舞ってくれた野菜が本当に美味しくて…。調理法としては蒸したり、焼いたりといったごくシンプルなものだったんですが、普段は小食の私がたくさん食べられたんです。
この時に、野菜ってこんなに美味しいんだ、と実感しました。
同じ頃に料理研究家・土井善晴さんの『一汁一菜でよいという提案』を読んで、これだったら自分にもできるかもしれないと思いました。
炊きたてのごはんと、あったかいお味噌汁を用意して…とイメージが浮かびました。
――“ハレ”の日のごちそうというよりも、日常的なごはんというイメージでしょうか。
まさに“ケ”の日の、質素なごはんです。
毎日メニューはひとつだけで、日替わりのメインおかずと、選べる小鉢がいくつかと、お味噌汁。野菜中心の家庭料理ですね。
だから時々、「インターネットの口コミを見て、楽しみにして来ました!」と言ってくださる方がいらっしゃると「そんな高級なごちそうとかではないんです」と慌ててしまって。(笑)
毎日忙しくてごはんを作る元気もない、でもコンビニのお弁当は飽きた、あったかいごはんが食べたい…そんな時に使ってもらえたら嬉しいなぁと思っています。
――私自身が一人暮らしなので、そんなお店が近くにあったら通いたいです。
お店を始めてから、市川さんご自身には影響がありましたか?
私は人見知りで、人がたくさんいるような場所も苦手だったのですが、お店に毎日いろんな方が来てくださって、大したことを話すわけではないけれど顔を合わせてちょっと言葉を交わして…そんなやりとりが楽しいと思うようになりました。
単に言葉を交わすだけでなく、ごはんを作ってお出しすることも、コミュニケーションの一つなんですよね。
――特に会話をしなくても、しばらく常連さんが来なかったら「最近、どうしているかな」と気にかけたり。家族ほど近くはないけれど、すごく特別な関係だなと思います。
そうですね。
先日、ひとりでファミリーレストランで食事をしたのですが、入口に“ご自由にお席にどうぞ”と看板があって、そのまま席に着いてタブレットから注文して、お料理は配膳ロボットが運んできて。お水やお会計はもちろんセルフです。
最後まで誰とも話さないまま食事をして出てきてしまって、なんだか寂しくなってしまいました。
やっぱり、目を見て「いただきます」や「ごちそうさま」と伝えることって大事だなぁと思うんです。
――すごくよくわかります。
「よい物語食堂」は8席しかない小さいお店なんですが、そうすると必然的にお客さん同士の距離が近くなるんですね。
自然と席を譲り合ったり、初めていらしたお客さんに、スタッフの代わりに「お水はここですよ」と声をかけてくださる方がいたり…お互いの優しさを引き出し合うきっかけになっているのかなと感じます。
うっかり看板を“close”のままにしていたら、「直しておきますね!」と言われたこともありました。(笑)
――お客様が皆さん、すごく優しいですね。
高齢化に加えて“おひとり様”が増える今、社会とつながり続けることの大切さがメディアでもよく取り上げられています。
そもそも、お年寄りの方がひとりでファミレスに行って、ロボットやセルフレジを完璧に使いこなすのは大変ですよね…。
本当にそうなんです。
以前、認知症の方の施設で働いていたのですが、認知症の方の中にはセルフレジが使えない方が多いんですね。
また、ひとりで暮らす高齢者の方にとっては、スーパーで店員さんたちの助けを借りながらお買い物をして、「ありがとう」って言葉を交わして、そんな些細なやりとりが大切な「社会」なのに、その機会すら失われてしまっていることに寂しさを覚えます。
食堂でお出しするのはごはんとお味噌汁ですが、それ以上に“人心地”を感じていただけるような、温かい場所を作れたらと思っています。
――今後やってみたいことや夢はありますか?
お店をオープンしてから、1日1日が本当に“いっぱいいっぱい”で、教会の仲間をはじめ、たくさんの人の助けを借りながらなんとか4年間続けることができました。
ありがたいことに、毎日来てくださる常連さんもいらっしゃるんですよ。
お店を大きくしたいという野望があるわけではありませんが、地域の人が集まっておしゃべりをしたり、楽しく過ごせたりするようなイベントができたらと思っています。
そういえば、よく食べに来てくださる大学の職員さんが、退職する際に挨拶してくださって、最後に「ここは教会ですか?」と言われたことがありました。
壁に掛けている、聖書の言葉が書かれたカレンダーを見て気づいたのかなと思ったんですが、「クリスチャンですか?」でも「教会が運営しているんですか?」でもなく、この小さなお店を教会だと思ってくれたこと、そしてそう思いながらもずっと通ってくださっていたことが本当に嬉しかったです。
こんな風に、このお店が神様の働きが少しでも地域に広がっていくきっかけになったら嬉しいですね。
よい物語食堂
神奈川県秦野市南矢名2-8-12
TEL:080-6684-7004
営業時間:11:00~14:00
定休日:金、土、日
公式HP:https://peraichi.com/landing_pages/view/yoimonogatari
Instagram:@yoimonogatari