「香害」に苦しむ人のために居場所を作りたい。/那須「コトリコーヒー」運営・庄司良博さん、美穂さん(後編)

栃木県那須町で庄司良博さん、美穂さんが営む「コトリコーヒー」は、北海道産小麦を使った無添加の天然酵母パンや、自家焙煎したスペシャルティコーヒー豆などを販売するお店。
前編では東日本大震災を機に教会と出合い、洗礼を受けるまでのお話を伺いました。後編では、ある日突然発症した「化学物質過敏症」について伺います。

――お2人は「化学物質過敏症」※であることを公表され、「香害」への理解促進についても積極的に発信されています。
化学物質過敏症を発症されたのはいつ頃でしょうか?

※化学物質過敏症…柔軟剤や合成洗剤、アルコール消毒剤、芳香剤など、身の回りにある様々な製品に含まれる化学物質を吸い込むことで、さまざまな症状が現れる病気。
頭痛、めまい、倦怠感、鬱症状、呼吸困難など多岐にわたる身体的・精神的な症状が報告されているが、個人差が大きく、病気の発症の仕組みは未だに解明されていない。

良博さん(以下、敬称略):2018年の夏頃、カフェで仕事中に突然発症しました。特定の香りを嗅ぐと頭痛や吐き気、目の痛み、疲労感に襲われるようになってしまったんです。
頭がボーッとしてお皿を落として割ってしまうわ、一度座り込んでしまったらもう立ち上がれないような状況で…。
当時はまだ妻は発症していなかったので、「たかが香りぐらいで…」と言い合いになったこともありました。

美穂さん(以下、敬称略):そうしたら、2か月後に私も発症してしまったのです。

良博:彼女の方が症状がひどくて、ついには心臓の痛みまで訴えるようになり、これは本当におかしいと病院を受診しました。
ところが、内科でもアレルギー科でも診断は「異常なし」。一体これはなんだろうと夫婦で話し合っていた時にNHKで「化学物質過敏症」のことを知り、東京の専門医を受診しました。
長時間に及ぶ検査の結果、2人とも化学物質過敏症であると診断を受け、そこから生活は一変しました。

――これまで合成洗剤で洗っていた服を捨てるなど、ご自身の生活をゼロから変えなければならなかったそうですね。
お店での対応はどうされたのでしょう?

良博:柔軟剤や香水など、人工香料をまとっての来店は控えてほしいと、店内での掲示やSNSを通じて発信を続けました。
中には香りのない石鹸に変えてくださったお客様もいらっしゃったのですが、大半が「おかしなことを言っているな」という反応で、徐々に来客数が減ってしまって…。店を開けていても、人工香料をまとった方が来店すると途端に体調が悪くなってしまうため、閉めざるを得ません。
収入面も厳しくなってしまい、泣く泣く2019年12月末にお店を閉める決断をしました。

――私自身も加害者であると思うのですが、日常的に使っている洗剤のニオイは自分ではわからなかったり、柔軟剤や香水は“良い香り”だと思って使っていたりするから、なかなか理解を得るのは難しいですね…。

美穂:そうですね。また、汗のニオイや体臭に対する配慮など、理由があって人工香料を使っている方も多いので、発信をする際には相手の立場に立った表現を心がけています。
閉店を決めた時、夫と話し合って、もう最後だからと思い切って「香害被害によって化学物質過敏症を発症したことで閉店します」と正直に伝えようと決めました。
私たちの発信をきっかけに、「香害」ってなんだろう?とか、 お店を閉める理由が「香害」ってどういうことだろう?と、誰か一人でも興味を持って、調べてもらえたらという想いからでしたが、少しずつ「香害」に対する理解が広がったのではとも感じています。

良博:ただ、色々な意見があって…店頭に貼り出したメッセージをTwitter(現X)でも発信したら、炎上してしまったんです。
まだ化学物質過敏症や「香害」という言葉があまり知られていなかったこともありますが、「神経質なだけではないか」、「お客様のせいにするなんてわがままだ」、「めんどくさい店」など心ない言葉をたくさんかけられ、心が折れそうになりました。
最終的にはアカウントを削除したのですが、怒りの感情が湧き出るたびに、イエス・キリストが自分を十字架に付けた人たちのために祈ったのと同じように、私も祈りました。

そのとき、イエスは言われた。
「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」
〈ルカによる福音書23章34節〉

――匿名で不特定多数の人に攻撃されるのは、とてもお辛い経験だったと思います。
発症されてから、教会へは通われていたのでしょうか?

良博:発症する以前はお客様の要望もあって日曜日はカフェの営業を優先し、水曜日の祈祷会に参加していました。
発症後は、やはり礼拝堂のように人が集まる場所は人工香料の香りが強いため、それすらも難しくて…ついには行かなくなってしまいました。

閉店を決断してからある日のことです。通っていた教会の牧師がお店に来てくれました。

何よりもまず、神の国と義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。
〈マタイによる福音書6章33節〉

色々なお話をする中で、この聖書の言葉が語られ、もう一度日曜日の礼拝に参加することを決めました。
久しぶりに参加した日曜日の礼拝は喜びにあふれていて、讃美歌を歌いながら涙が止まらなかったことを今でも覚えています。

美穂:私たちのために、窓を全開にして、後ろの席を準備してくださって…ありがたかったですね。

「カナリアカフェ」は化学物質過敏症の人が安心して集える場所になっている

良博:励ましをいただき、2020年からは気持ちを新たに、これからは販売をメインに頑張っていこうと活動をし始めたら、今度はコロナ禍です。決まっていた委託販売先もキャンセルになるなど試練が続きました。
この騒ぎが一刻も早く落ち着きますように、身近な人の健康が守られますようにと祈る日々を送る一方で、私たちと同じように化学物質過敏症で苦しんでいる方からたくさんお問い合わせをいただくようになり、同じ悩みを持つ人同士がゆるく繋がり、「1人じゃないよ」と励まし合える場所を作れたらと「コトリじかん。」というイベントを開くことにしたのです。

美穂:初めはマスクをしながら、無農薬・減農薬の農作物や無添加の食材、体と地球にやさしい洗剤などの情報を共有したり、ご家族とのかかわり方などさまざまなことを話し合いました。
回を重ねるごとに参加してくださる方も増えていって。この繋がりは、那須に移住した今でも「カナリアカフェ」として続いています。

――移住先である「那須まちづくり広場」は廃校になった小学校を活用した場所で、日本で初めて“フレグランスフリー”宣言をしているとのことですが、どのような経緯で移住されたのでしょう?

良博:先ほどお話した、炎上ツイートを見た方からご紹介をいただいたのがきっかけです。
元校舎の2階の一室を居住場所として、元給食室だった場所を工房としてお借りしているのですが、本当にいい場所なんですよ。
現在はここで週に3日、パンとコーヒー豆の販売を行っているほか、香害を伝える活動にも引き続き取り組んでいます。

美穂:クリスマスには“クリスチャンが作るシュトーレン”を販売しているんですよ。

――素敵ですね! 化学物質過敏症を発症したことは大きな苦難だと思うのですが、ご自身ではどんな風に捉えていらっしゃいますか?

良博:我が子のように愛していた多賀城の「コトリコーヒー」を、病気を理由に閉めざるを得なかったことについては、悔しい思いがあります。
ただ、あの後すぐにコロナ禍があり、遅かれ早かれ店を閉めることになっていただろうと思うんですね。
いまも症状は辛いですが、その後の流れや、働き方や場所を変えて「コトリコーヒー」を続けることができていることを思うと、どんなに苦しい状況の中にも神様はいて、私たちのために備えてくださる方なんだと感じています。

美穂:2か月に1度開催している「カナリアカフェ」が、私たちが受けた恵みを少しでもお返しできる場になればいいなと思っているんです。

ある日の「カナリアカフェ」の様子

――最近では「化学物質過敏症」や「香害」などの言葉を見聞きする機会が増えたように思いますが、まだまだ理解は広がっていないと感じますか?

美穂:そうですね…。発症した人から聞かれる声の中で最も多いのが「周囲から理解を得られないことがいちばん辛い」というものです。
あまり報道されていないのですが、この病気そのもので命を落とすことはないものの、自ら死を選んでしまう方もとても多いそうなんです。
私たちにご連絡をくださる方の中にも「もう死にたいです、本当に耐えられません」と言われる方が何人もいらっしゃって…。
私たち自身は何もできませんが、せめてここでお話をして、一緒に食事して、笑って、少しでも元気になっていただいて、またお会いできたら――そんな想いで活動を続けています。

――美穂さんが教会に居場所を見出したように、「ここにいてもいいんだ」と思える場所があるということは、生きる上で本当に大切なことだと思います。
最後に、思い描く未来や夢があれば教えてください。

美穂:化学物質過敏症の方の中には、私たちと同じように仕事を続けられなくなってしまった方がたくさんいらっしゃいます。
同じ悩みを持つ方が安心して暮らせたり、働いたりできる場所を作るのが夢です。

――今日は素敵なお話をありがとうございました。

コトリコーヒー(Instagram):@kotori_coffee




KASAI MINORI

KASAI MINORI

主にカレーを食べています。

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