クリスチャンを励ますために、歌いたい。/サウンドクリエイター・MoToKiさん

――MoToKiさんの活動について教えてください。

カフェでバリスタとして働きながら、YouTubeでワーシップソングのカバーや、オリジナル曲の配信を行っています。
また、音楽で神様を賛美することに加えて礼拝でもメッセージを伝えたいという思いから、2022年から神学校にも通っています。

――いきなり横に逸れてしまいますが、“ワーシップソング”と、いわゆる“賛美歌”には、どんな違いがあるのでしょう?

僕はよく、“ミスチル”や“ゆず”のようなイメージだと説明しています。バンドで演奏されたり、みんなで歌えるような曲調だったり…ただ、歌詞の内容は聖書や神様について歌っている。

――確かに、すごくわかりやすいですね! もともと歌うことはお好きだったんですか?

元々はサポートミュージシャンだったり、ボーカリストとクリスチャンユニット「Harp of David(ハプデビ)」を組んでサウンドクリエイターとして活動したりしていたんですが、ボーカリストが結婚をして移住したのをきっかけに自分でも歌うようになりました。

――音楽を始めたのはいつ頃から?

5歳のときに母にエレクトーンを習わせてもらったのが始まりです。
といっても、自分からやりたいと言ったわけではなかったので、エレクトーン教室が嫌で嫌で仕方なくて…。当時は説得されたり、叱られたりしながら、小学校を卒業するまでと決めて通っていました。

次に興味を持ったのはギターです。
幼稚園から高校まで一貫のクリスチャンスクールに通っていたのですが、あるとき学校で先輩が弾いているエレキギターの音を聴いて、エレクトーンにはないかっこいいサウンドに惹きつけられました。
かつて両親がバンドを組んでいて、父がギターを弾けるということもあり、僕もギターを弾くようになりました。

――ご両親も音楽をやっていらしたんですね。なんだか、遺伝子レベルで音楽と関わりが深そうな気がします。(笑)

そうだったら嬉しいですね。
母曰く、僕はお腹の中にいるときも、教会で歌われる賛美に合わせて反応していたらしいです。(笑)
ただ、本当は今のように自分が前に出て歌いたいとは思っていなかったんです。

――それはなぜでしょう?

本来の僕は人見知りで…そもそも自分の声が好きではないし、歌が上手いとも思えない。歌が上手な方がたくさんいる中で、比べられたくない――そんな逃げたい気持ちもあって、ずっと、サポートミュージシャンとしてボーカリストの後ろで活動したいと祈っていました。

だから今でも自分でもこうして歌っていることが不思議ですし、神様には僕にはわからないご計画があるんだなぁと感じています。

――表に出ることが苦手な人にとってプレイヤーとして前に立つことは、とても勇気が要ったのではないでしょうか?

そうですね。
クリスチャンの方々はよく、新しいことを始めたり、何かを決心して行動に移すことを「召命される」といいますが、僕の場合は神様に明確に語りかけられたわけではなくて、不安を抱えながらも流れに身を任せていたらこうなった、という感覚です。

でも、何度ステージに立っても舞台慣れしなくて…未だに毎回緊張しています。
歌うことの根底には単に自分の歌を届けたいということ以上に、歌を通して働く神様に触れて、感動してほしいという思いがあるんですね。
だから音を外したり、ミスしてしまったらどうしようということよりも、神様が働いてくださらなかったらどうしようという不安や葛藤と常に戦っています。

――神学校にも通われているとのことですが、1人でも多くの人に聖書のメッセージを届けたいという思いが強くあるのでしょうか。

それもありますが、本当に僕がやりたいことはクリスチャンの方を励ますことなんです。
YouTubeを始めたのも、コロナ禍で礼拝に行けない方が増える中で、日々の生活の中で信仰の火を灯し続けるために少しでもできることがあればという思いからです。
だから僕が作ったり、発信したりしている曲は、神様を賛美する想いや祈りがそのまま歌詞になっているものが多くて、ノンクリスチャンの方には説明をしないとわからないかもしれません。
僕の歌で励まされたクリスチャンの方が人々に伝えていくことが理想であり、ノンクリスチャンの方に届いたらラッキー、という感覚です。(笑)

――ラッキー。(笑)
クリスチャンにとって、毎週日曜日の礼拝以外にも、日常的に神様に触れる時間が必要ですよね。

そうですね。
それから、音楽活動を通して各地の教会に行かせていただく中で、とくに地方の教会は他の教会との繋がりがなく、孤独だったり、信仰を保つこと、牧会することが難しそうだなと感じていて…。そんな方達の励ましにもなれたら嬉しいですね。

――改めて、MoToKiさんが活動を通して伝えたいのは、どんなことでしょうか。

聖書の中で、バプテスマのヨハネは自分のことを“声“だと言っています。

ヨハネは言った。
「私は、預言者イザヤが言ったように『主の道をまっすぐにせよ』と荒れ野で叫ぶ者の声である。」
‭‭ヨハネによる福音書‬ ‭1‬:‭23‬ (聖書協会共同訳‬)‬‬‬‬

声そのものは消えてしまうけれど、“言葉”は残ります。
僕が“声”として神様の言葉を伝え、僕自身は消えても神様の言葉が残る…これが僕の理想です。
でも、神様の“声”になれるのは音楽に限らないと思っていて。

僕の名前を漢字で書くと「基希」、両親が「基督(キリスト)」に「希望」を置く者になるようにと付けてくれた名前です。
クリスチャンの方に向けて、一人ひとりが選ばれた存在であり、それぞれに与えられている“たまもの”やスキルを用いて神様の“声”として生きていこう、と希望をもって伝えていけたらと思っています。

――最後に、いつも心に留めている聖書の言葉があれば教えてください。

第一歴代誌で、ダビデがソロモンに伝えている言葉です。

「今、心に留めなさい。主は聖所とすべき家を建てるためにあなたを選ばれた。勇気をもって行いなさい。」
歴代誌上28:10(聖書協会共同訳)

ちょうど進路に迷っていた高校3年生の時に読んだということもあったと思うのですが、この言葉をきっかけに、自分は神様のために生きていこうと決心しました。
僕が建てるべき聖所が何かはまだ明確ではないですが、音楽活動だったり、カフェでの仕事だったり、一つひとつの経験や活動が繋がっていけばと思っています。

――素敵なお話をありがとうございました。

MoToKiさんのYouTubeチャンネル



KASAI MINORI

KASAI MINORI

主にカレーを食べています。

関連記事