生きづらさを抱える子どもたちに、“安心できる居場所”を

――さまざまな経験をされてきたからこそ、相談を受けることも多いのではないでしょうか。

そうですね。発達支援や心理支援だけでなく、夫婦関係についても相談を受けることがあります。妻はクリスチャンではないのですが、夫婦のどちらかだけが信仰を持っていることで悩んでいる方から、お話を伺うこともあります。同じような試練を経験してきたからこそ、話せることもあるのかもしれません。

公認心理師として心理支援に携わる中で、精神分析についても学んできましたが、私自身は、薬物療法や心理療法だけでは救われなかった人間でもあります。もちろん、医療や心理支援はとても大切ですが、私はイエス・キリストの愛に立ち返る中で、苦しみとの向き合い方そのものが変えられていきました。

今もさまざまな試練はあります。ただ、以前のように絶望に飲み込まれるのではなく、「試練」として受け止められるようになり、自社のスタッフから「顔つきが穏やかになった」と言われることもあります。

精神科医・精神分析家であり、『甘えの構造』の著者として知られている土居武郎氏は、人の深層心理に向き合いながら「主の御光を示したい」と語ったと聞いています。

私自身も、苦しみを抱える人たちに希望を届けられるような働きがしたい。そんな思いから、現在は東京基督教大学大学院で実践神学をまなびながら、共同体や人間関係について研究しています。

――改めて、翼学院グループではどのような支援を行っているのでしょうか。

翼学院グループでは、不登校や発達障害、学習障害などによって、生きづらさや学びづらさを抱えている子どもたちを、多角的にサポートしています。

葛飾区内で3つの教室を運営しており、創業から18年間で、延べ3,500人以上の子どもたちを社会や学校へ送り出してきました。対象は幼児から大学生までと幅広く、学習支援だけでなく、放課後等デイサービスや保護者の方へのカウンセリングなども行っています。

大切にしているのは「得意を活かしながら、自他と折り合いをつける」という考え方です。「対話と定式化」を重んじる独自の学習法(芦澤式学習法)に基づき、一人ひとりに合った学びを子どもたちとともに実践しています。

また、放課後等ディサービス「つばさクラブ」では、学校や家庭以外の“居場所”を提供しつつも、ソーシャルスキルトレーニングなど、「健康・生活」「運動・感覚」「認知・行動」「言語・コミュニケーション」「人間関係・社会性」の支援を行っています。

翼学院グループの社員として、公認心理師、保健師、看護師、作業療法士、社会福祉士、教員、保育士などの専門職が活躍しています。現在、医学部に在籍している息子は、医師として将来、子どもたちや保護者を支えたいと言っています。

――子どもたちと接するうえで、大切にしていることは何でしょうか。

一人の人間として向き合うことです。
感情的に怒ることはありませんが、自身の感情も含めて、伝えるべきことはしっかりと伝えるようにしています。
嬉しい時は「嬉しい」と伝えますし、なぜそう感じたのかも、できるだけ言葉にして説明するようにしています。
そうやって本音で関わっていくと、さまざまな困難さを抱えた子どもたちが、少しずつ自分の言葉で話してくれるようになるんです。
授業中に、「生きるって何だろう」「幸せって何だろう」といった問いが、子どもたちの側から自然と出てくることもあります。社会の授業をきっかけに、「キリスト教と仏教の違いって何?」と聞かれたり、テレビや書籍で私の信仰を知ったこどもから、「キリスト教の人ってどんな生活をしているの」と尋ねられることもあります。
子どもたちは、大人が思っている以上に、本質的なことを感じ取っているのだと思います。

――学習支援では、どのようなことを意識されていますか。

まずは、その子が「どこでつまずいているのか」「どんな情報の受け取り方が得意なのか」を丁寧に観察すること、時には心理検査を行っています。
一方的に教えるのではなく、対話を重ねながら、その子自身が考える力を育てていきたいと思っています。
「あなたはやさしいから、他に好きなことがあるから、勉強ができなくても大丈夫」と言われている子から「慰めに聞こえる」と相談される機会が少なくありません。全科目に得意になることは私の経験からも難しいですし、他者との比較で得意になろうとすると苦しみにつながってしまいますが、得意な科目が見つかる、勉強が好きになることは、生涯の財産だと思うのです。
そのような意味で、「学習で失った自信は、学習でしか取り戻せない」と伝えることもあります。

――ご自身が子どもだった頃と比べて、発達障害をめぐる社会の変化を感じることはありますか。

私が子どもの頃は、今のように「発達障害」という概念が広く知られていませんでした。
だから、落ち着きがない、集団行動が苦手、問題行動を起こす私は、「悪い子」「扱いにくい子」と見なされていました。
実際、小学1年生の時には、少年補導センター(少年の非行防止や不良行為の早期発見、健全育成を図るための施設)で知能検査を受けたこともありました。
当時の大人たちの中には、「こういう行動をするのは知能が低いからだ」という考え方をする人が少なくなかったのです。
成人になっても、「自分は社会に適合できない人間なんだ」と考えたり、「自分はなぜ周囲と同じようにできないのだろう」と、ずっと悩み続けていました。

私は40代を迎える前にADHDと診断され、「自分の特性だったんだ」と理解できたことで、かなり気持ちが楽になりました。
以前と比べると、「発達障害」という言葉の認知も広がり、子どもたちへの理解やサポート体制も少しずつ整ってきたと感じています。もちろん、まだ課題はありますが、社会は変わってきていると思います。

翼学院グループが目指す支援

――今後、どのような未来を描いていますか。例えば、事業の拡大とか…

創業当初から、事業を拡大しよう、教室を増やそうという思いはありませんでした。というのも、無理に規模を広げることで、支援の質が下がってしまうことを恐れていたからです。

過去には上場や出資のお話をいただいたり、「北海道にもつくってほしい」「沖縄にも来てほしい」といった声をいただくこともありますが、支援の質を守るため、事業規模を広げることができず、遠距離から保護者の方が送迎して通ってくださっている例も少なくありません。

私自身はいつも、「主の召しに応えられるように」と祈りながら仕事をしています。

事業を拡大することではなく、ここに来れば、学習、福祉、心理支援、保護者支援をワンストップで受けることができる場でありたい。また、講演や出前授業、書籍やメディアなどを通じて、自分の経験や思いを発信していくことを続けていきたいと思っています。また、2026年は東京都「2050東京戦略」DX推進事業に採択され、お子さんや保護者の方の支援に活用するAI開発プロジェクトにも取り組んでいます。

直接関わることができない方にとっても、それが少しでも心を支えるものになればと願っています。

――お話を伺いながら、芦澤さんの思いがいろいろな地域で支援している方や、次の世代へつながっていけばいいなと感じました。

人は何を後世に残していくのかと考えた時、私は内村鑑三の『後世への最大遺物』を思い出します。次世代に語り継ぎたい書として、客員教授として指導している大学の学生や、自社のスタッフに紹介している一冊です。

自己顕示欲のために何かを残したいわけではありません。ただ、私自身のことを言えば、「子どもたちに寄り添って生きる」という姿勢を残していけたらと思っています。

私は当事者として生きづらさを経験してきました。だからこそ、苦しんでいる子どもたちに寄り添いたい。その思いが、誰かへつながっていったらうれしいですね。

子どもたちの中で、「将来は先生みたいになりたい」と言ってくれる子がいます。本当にうれしいことなのですが、「私のようになること」そのものが尊いわけではないのです。

その子の中に、「誰かに寄り添いたい」という思いが芽生えたこと。そして、たとえ将来どんな仕事に就いたとしても、翼学院グループで過ごした経験が、他者への思いやりや寄り添う姿勢につながっていくことに意味があるのだと思います

そうした思いが、人から人へと受け継がれていくこともまた、主から与えられた務めなのかもしれません。

――貴重なお話をありがとうございました。

翼学院グループのHP

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KASAI MINORI

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主にカレーを食べています。

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